大判例

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京都地方裁判所 昭和52年(レ)74号 判決 1979年5月15日

控訴人

長澤重正

右訴訟代理人

坪野米男

堀和幸

被控訴人

河津兼実

右訴訟代理人

高橋進

主文

一、原判決を取消す。

二、別紙物件目録第一記載の土地と同目録第二記載の土地との境界は別紙添付図面の(ニ)、(ヘ)の各点を結んだ直線であることを確定する。

三、被控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、甲、乙両土地の境界について検討する。

<証拠>を総合すれば、

1  甲土地は被控訴人の母亡河津こうが昭和一六年に地上家屋とともに購入したもので、昭和一七年二月頃から右家屋に居住しており、一方乙土地は明治時代の初期に控訴人の祖父である亡長澤重遠が旧藩主より拝領を受け、それ以後代々長澤家の所有であつたが、昭和一二年頃から昭和二二年頃までの間、地上家屋の母屋を訴外松岡に、離れを訴外藤津にそれぞれ賃貸していたが、昭和二二年以降は控訴人が居住していること。

2  公図によれば、甲、乙両土地の境界は直線となつていること。

3  甲、乙両土地の境界付近の現況をみるに、それはおおよそ別紙添付図面表示のとおりであつて、甲土地の北側には被控訴人の土塀が、乙土地の北側には控訴人のブロツク塀が存し、右両土地の境界付近には南北(北は右土塀やブロツク塀の北側に存する東西の側溝と交わる別紙添付図面の(イ)点まで、南は同図面の(ロ)点まで)に下水溝が走つており、その南の延長線上のやや東寄りにはお茶の生垣が存し、右下水溝の北側部分には、その東縁に沿つてかなめや榊の生垣が存している。また、右下水溝の中程部分には、約3.5メートルにわたつて被控訴人の板塀が右下水溝の東縁に極めて接着して設置されており、その北側に続く被控訴人のトタン塀は、右下水溝の東縁から若干離れて設置されていること。

4  甲、乙両土地の北側には、以前道路に沿つて西から東に共同塀が続いていたのであるが、現在甲土地の北側に存する土塀は右共同塀を修理して造り直したものであり、乙土地の方もその共同塀を明治時代の初期に高塀に造り直し、昭和四五、六年頃に現在のブロツク塀にしたものであること。右共同塀は一メートル間隔で柱が入つていたので、これを改修するときには柱から柱までの区間を区切つて改修せざるをえないものであつたこと。乙土地に存した右高塀も、東端は右柱の関係で現在のブロツク塀の位置までであつたが、高さは甲土地の土塀より高く、乙土地の高塀の屋根がその東端において甲土地の屋根と一部重なつており、屋根だけ東に出ている状態であつたこと。また、乙土地の塀の基礎の石垣は現在に至るまで二重であるが、甲土地の土塀の石垣も、右土地の西端から約五〇センチメートル東まで二重になつていたこと。

5  前記下水溝は、明治時代に控訴人の祖父が浅い溝を造つていたのを、大正一五年頃に、当時乙土地上の家屋に居住していた控訴人の叔父達がセメントを流して現在のように改修したものであるが、その後も甲、乙両土地の各家屋居住者が台所の排水等に共同で使用していたこと。また、昭和一七年被控訴人が甲土地上の家屋に居住し出したとき、控訴人の父は被控訴人に対し、右下水溝は控訴人のものだが使用してもよい旨の説明をしたこと。

6  以前(昭和初期)、右下水溝の東端には、その北側部分においては、かなめや榊の生垣が、それに続く南側には、棒杭を打込み、これに竹を横に渡した竹垣が、更にその南には、控訴人の離れの付近からお茶の生垣が存しており、右竹垣は乙土地内にある控訴人の井戸を甲土地居住者も使用できるように一メートル位の幅を明けていたこと。現在ではこの竹垣はなくなつていること。また、右お茶の木は控訴人側で刈つたり、摘んだりしており、摘むときには甲土地側にも回つてしていたこと。被控訴人はこの生垣には最近まで何ら関心をもたず、自分の所有とは観念していなかつたこと。一方、北側部分のかなめの生垣は、被控訴人も一年に一度植木職人に手入れをさせていたが、控訴人側でも手入れをしていたこと。

7  控訴人やその姉の訴外古川淑子は、控訴人の祖母や父母から、甲、乙両土地の境界は北はかなめや榊の生垣、南はお茶の生垣の南東に存する樫の木であると教えられてきたこと。

8  被控訴人は昭和一七年に甲土地の家屋に入居するに際し、前記下水溝の東縁に接着するように風呂場と便所を築造したが、控訴人の父は被控訴人に対し、右風呂場と便所は本件境界から出ているから、今度建直すときには引込めるように申入れてあつたし、昭和二二年にも控訴人が被控訴人に対し同様の説明をしたこと。また、被控訴人が右下水溝の東側で右風呂場の北側に位置する板塀(これも被控訴人が右入居にあたり、以前の屋根つきの目隠しの塀を取壊して、下水溝の東縁すれすれに建直したものである。)の北側部分が老朽化したため、昭和三六年頃にこの部分をトタン塀に改修する際、控訴人はこれを実施した大工に対し、甲、乙両土地の境界はもつと東である旨の抗議をして、板塀よりやや東寄りに造らせたこと。

以上の事実が認められ<証拠判断略>。

右認定事実を総合すれば、甲、乙両土地の境界は北はかなめの木の東側、南はお茶の木の南東に位置する樫の木と認めるのが相当であり、弁論の全趣旨によれば、かなめの木の樹冠は五〇センチメートルと認めるのが相当であるから、かなめの木の東側の点は前記下水溝の東縁から東に五〇センチメートルの地点と認めることができる。したがつて、甲、乙両土地の境界は、別紙添付図面の(ニ)、(ヘ)の各点を結んだ直線と認め解するのが相当である。

被控訴人は、前記河津こうが甲土地を買受ける際、売買の仲介をした訴外近藤輝虎から、乙土地との境界は前記下水溝の中心線である旨の説明を受けたこと、及び現在の外観からすると、右下水溝の東縁線と甲土地の北側の土塀の西縁線とがほぼ一致することを主な根拠として、本件境界を別紙添付図面の(イ)、(ハ)の各点を順次結んだ直線と主張し、前掲各証拠によれば右各事実はいずれもこれを認めることができるけれども、前者の事実については、被控訴人の境界主張線と矛盾するのみならず、右近藤が甲、乙両土地の境界を知つていたことを確めるに足る証拠はないし、甲、乙両土地の北側に存する塀については、前記4認定のように、右塀は以前存した共同塀を、一メートル間隔の柱の区間ごとに改修したことによつてできたものであるから、現在の塀の状況は本件境界認定の資料とはなしえないものというほかはなく、他に被控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。

三そこで次に、別紙添付図面の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ヘ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下本件係争土地部分という。)についての被控訴人の取得時効の主張について検討するに、前記一認定のように、本件係争土地部分の北側部分に存するかなめの生垣については、控訴人、被控訴人の両者で手入れをしていたこと、右かなめの生垣から本件係争土地部分の中間付近までには、被控訴人のトタン塀、板塀そして風呂場と便所の各一部が存するけれども、右トタン塀、風呂場、便所の築造については、その事前もしくは事後に、控訴人側から被控訴人に対し前記一、8認定のような抗議をしていること、本件係争土地部分のうち右便所から南に存するお茶の生垣は専ら控訴人側で管理していたことの各事実が認められる。

一般に、取得時効の要件としての占有は、所有権者の占有を排除して排他的に占有することを必ずしも要件とするものではないが、占有の有無の認定においてそれが一つの重要な要素であることは否定しがたいところであつて、これを本件についてみても、本件係争土地部分についての所有権者たる控訴人の事実上の支配が依然として失なわれておらず、他に被控訴人の事実上の支配を認めるに足る事情もない前認定のごとき事実関係の下では、いまだ被控訴人の本件係争土地部分についての事実上の支配は認めがたいものというべく、他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがつて、被控訴人の本件係争土地部分についての取得時効の主張は採用することができない。

四そうであるとすると、甲、乙両土地の境界線を越えて被控訴人が控訴人所有の乙土地を時効取得しているという関係にはないから、境界確定の訴につき当事者適格に欠けるところはなく、右訴は適法なものというべきところ、原判決は右訴を不適法として却下しているので、民事訴訟法三八八条により右訴を原審に差戻すべきか否かについて判断する。

右規定は当事者の審級の利益を保障する趣旨に出たものであることは明らかであるが、審級の利益を害するか否かは実質的に考察するのが相当であるところ、本件訴についての原判決の主文は訴却下ではあるが、右却下の理由をみれば、それは、甲、乙両土地についての境界についての実体審理の結果、その境界線を認定した上、その境界線を越える部分について原審原告の時効取得を認定したことにより、結局、境界線において相隣接するという境界確定の訴の当事者適格を欠くに至つたというのであり、換言すれば、原審は実体審理を尽くした後、境界確定訴訟の当事者適格の特殊性から、判決の主文において訴却下の結論に至つたのであつて、このような場合には、控訴審において実体審理の結果、右訴の当事者適格を肯認し、右訴を適法と判断したときでも、右訴を原審に差戻すことなく、控訴審において実体判断を示しても、実質的には当事者の審級の利益の保障には何ら欠けるところはないものというべく、また、右のような場合に、形式的に右規定を適用して訴を原審に差戻すことは、かえつて訴訟経済に反するものというべきであるから、当裁判所は右訴を原審に差戻すことなく、実体判断を示すこととする。

五以上の次第であつてみれば、被控訴人の本訴請求中、甲、乙両土地の境界の確定を求める訴については、右境界を別紙添付図面の(ニ)、(ヘ)の各点を結んだ直線であると確定し、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきであるところ、これと結論を異にする原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条により原判決を取消し、被控訴人の本訴請求中、甲、乙両土地の境界を別紙添付図面の(ニ)、(ヘ)の各点を結んだ直線であると確定し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(野田栄一 山野井勇作 荒井勉)

別紙図面<省略>

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